(弁護士 田中豊生氏 寄稿)
目 次
廃業・破産する場合の従業員の扱いについて
廃業・破産する場合、従業員は全員解雇しなければなりません。
そのため、会社が倒産することになり、突然解雇されることになった従業員に迷惑がかかることは避けられません。しかしながら、早い段階から廃業・倒産手続きを準備することにより、従業員に及ぼす悪影響を極力抑えることは可能です。
極力、従業員に迷惑が掛からないようにするためのポイントは、2つあります。
ひとつは、従業員が解雇直後も生活を維持できるようにきちんと最後まで給与を支払いきること、ふたつには、従業員が円滑に再就職活動に移ることができるよう離職票等の書類を速やかに交付することです。
それぞれのポイントを詳しく説明して参ります。
最後まで従業員の給料を払い切るには?
まず、従業員の給与を払い切るためには、廃業・破産の検討を開始した時点から将来にわたっての資金繰りについてシミュレーションを行う必要があります。
このまま経営を継続した場合、どの時点で会社の資金がショートするのか(キャッシュがゼロになってしまうか)を見極めた上で、資金ショートが見込まれる時期以前に廃業・破産手続きを行うXデーを定めます。そのXデーから逆算して、従業員の給与に引き当てる資金を確保します。
法律上、解雇の言い渡しは解雇の30日以前に言い渡す必要があります。しかし、廃業・破産する場合、その決断が急となることや、Xデーまでに業務の混乱が生じるためあらかじめ解雇を言い渡すのが困難なことが多いかと思われます。そこで、こうした場合に適法に解雇するためには、解雇の言い渡しと同時に解雇予告手当(解雇日の直近3か月間の総支給額を直近3か月の暦日数で除した金額を1日当たりの平均賃金とし、この平均賃金に解雇を予告する日から解雇日までの日数を乗じた額)も支払う必要があります。Xデーの検討の際に、必要経費として解雇予告手当に引き当てる資金も勘案しておかなければなりません。
一方で、シミュレーションの結果、どうしても給与を支払うだけの資金を確保できない場合もあろうかと思います。その場合は、未払賃金立替払制度の利用を検討します。未払賃金立替払制度とは、企業の倒産により賃金、退職金の支払いを受けられないまま退職した従業員に対して、独立行政法人労働者健康安全機構が倒産した企業に代わって未払賃金の8割を立替払いする制度です。ただし、この制度を利用する場合、原則として破産管財人の証明が必要となるなど、必要書類の準備に時間がかかり、書類提出後も審査を経なければならないことから、立替払いが実行されるまでに相当時間を要することや、解雇予告手当は立替払いの対象とはならないことなどの難点がありますので、あらかじめ従業員にはその点を十分説明し、理解を得ておく必要があります。
以上述べてきたことからお分かり頂けますとおり、Xデーの設定に際しては最後の給与と解雇予告手当の支払いが確保できる時点を選択することがもっとも従業員に迷惑がかからず、望ましいと言えます。
従業員の再就職をサポートするには?
解雇した従業員がスムーズに再就職活動ができるよう、少なくとも離職票の準備をしておきましょう。
離職票とは、雇用保険に加入していた従業員が退職する際に、会社の在籍期間中の給料等を記載した書類をハローワークに提出して、ハローワークから交付される書類(正式名称「雇用保険被保険者離職票」)です。この離職票は、従業員が失業給付(いわゆる失業手当)の受給手続きを進める際にも利用しますので、従業員にとって重要な書類になります。一般的に、過去に失業経験がない従業員は離職票の存在自体を知らないことの方が多いため、解雇されてはじめて必要性に気づくこと場合がほとんどです。この離職票の準備も、上記で定めたXデーに向けて準備しておくのが望ましいです。通常の場合、顧問税理士事務所や社会保険労務士に依頼すれば準備していただけます。
また、離職票を交付する際に失業給付の受給手続や内容を従業員にアナウンスできればより望ましいかと思います。失業給付とは、再就職のための求職期間中、ハローワークで離職票等の所定の書類を添付して申請し、受給資格認定を受けることによって、離職前の賃金の5~8割程度を受給できる制度です。失業者の年齢及び雇用保険の加入期間に応じて定められる所定給付日数(倒産、廃業に伴う失業者の場合は、一般的に90日から330日の間で定められます。)の範囲内で受給できます。なお、一度資格の認定を受ければ継続的に受給し続けられるというわけではなく、4週間ごとに受給資格の認定を受けなければなりません。
債務超過で後継者がいない場合は、仮のXデーを定める
現時点で直ちに破産手続を進めなければならないような経営状態ではなかったとしても、経営者が高齢で債務超過になっている場合は、経営者の生活を考えると、最終的には破産を検討せざるを得ないことになります。したがって、債務超過の解消が確実ではない場合は経営者が健康なうちにXデーの設定をしておいた方がよいです。
いずれにしても、まずは資金繰りのシミュレーションを行い、Xデーまでにどの程度の猶予があるかをある程度明確することによって、あらかじめ従業員に廃業・倒産についてオープンにし、着実に廃業・倒産の準備を進め、ある程度円満な形で廃業・倒産のXデーを迎えるというソフトな形をとることが可能なのか、それとも急ピッチで廃業・破産の準備を進めなければならないのか、手続の進め方について見通しをつけることができますので、思い立ったら早めにシミュレーションに着手することが肝要です。